ナノテクノロジーは基盤技術・産業をめざす

 電子情報通信学会・システムナノ技術に関する時限研究専門委員会(委員長:大阪大学大学院工学研究科 高原淳一教授)主催による第3回研究会「将来社会を創るシステムナノ技術イノベーション」が1月26日(火)、産業技術総合研究所・臨海副都心センター別館で開催されました。

 同委員会は、その前身である次世代ナノ技術に関する時限研究専門委員会が一昨年設立10年を迎えたのを機に、グリーンイノベーションやライフイノベーションなどの国家戦略を踏まえ、出口に近い電子情報通信学会におけるナノテクノロジーの重要性はますます大きくなると名称を変更して活動を継続しているものです。ナノ技術とフォトニクスをベースとして、従来概念に捕われず、技術を他分野へ融合するとともにシステム化への展開までを研究討論の対象として、イノベーションの芽を育むことを目的としています。

開会挨拶をする高原委員長

開会挨拶をする高原委員長

 今回の研究会では、将来必ず基盤技術、基盤産業になるであろうナノテクノロジーにスポットを当て、ナノ計測、ナノ材料、ナノフォトニクス、ナノ製造に代表される基盤技術から、それらを用いた情報通信、燃料電池、医療への展開に関するホットなテーマが取り上げられました。

 講演は、高原委員長の開会挨拶でスタート、その後に燃料電池、ミニマルファブ、多探針SPM、カーボンナノチューブ、量子人工脳、印刷フレキシブルエレクトロニクス、ナノバイオテクノロジーといった今注目の最先端テクノロジーをテーマにした招待講演7本が行なわれました。

講演題目と講演者は以下の通りです。

◆燃料電池と将来エネルギー社会の展望:岩澤康裕氏(電通大)
◆ミニマルファブによる革新的な半導体製造:原史朗氏(産総研)
◆多探針SPM/ナノ計測からナノシステム操作への転換:中山知信氏(物材研)
◆カーボンナノチューブ実用化展望:片浦弘道氏(産総研)
◆量子人工脳の原理と応用:山本喜久氏(ImPACT)
◆印刷によるフレキシブルエレクトロニクスとその応用展望:鎌田俊英氏(産総研)
◆ナノバイオテクノロジーが先導する診断・治療イノベーション:片岡一則氏(東大)

 各分野を先導するプロジェクトリーダーが最先端の研究を披露した今回の講演。その幾つかを簡単に紹介します。

◆燃料電池と将来エネルギー社会の展望:岩澤康裕氏(電通大)
 燃料電池の産業化は進んでいるものの、依然として燃料電池触媒の構造、機能、触媒作用の本質はブラックボックスのまま。ウェット燃料電池触媒の作用はダイナミックなため、燃料電池作動下(泳いで生きている魚)を評価・解析することが重要であり、取り出して干物になった魚を分析しても本当のことは分からないとのことです。その唯一の解決策がX線吸収微細構造(XAFS)法であり、SPring8にXAFS新ビームラインを建設、そこから生み出された成果が紹介されました。水素市場は2050年、8兆円に達すると言われています。

◆ミニマルファブによる革新的な半導体製造:原史朗氏(産総研)
 成熟期を迎えても依然として巨大投資を続けざるを得ず、赤字を垂れ流している半導体産業。そこでの日本は負け組みであり、それゆえ5,000億円の投資が5億円で済むミニマルファブこそ日本の半導体産業の進むべき道で、クリーンルームの要らないミニマルファブを作れるのは日本だけと強調、完成したミニマル装置が紹介されました。昨年12月に開催された「セミコンジャパン2015」では、クリーンルームではない展示会場において工場の立ち上げを半日で行ない、CMOSとリングオシレーターを作り来場者を驚かせたそうです。その他の成果も紹介するとともに、ファブシステム研究会とミニマルファブ技術研究組合への参画を勧めました。

◆カーボンナノチューブ実用化展望:片浦弘道氏(産総研)
 単層カーボンナノチューブが、どうすれば半導体集積回路などに応用できる半導体型と、ナノ配線などに応用できる金属型の相反する性質になるのかを解説。電子デバイス材料応用では半導体型が必要ですが、半導体型と金属型を得るための構造制御方法には分離法と選択成長があって、講演では各種分離法の最新成果を紹介。産総研のゲル・カラム・クロマトグラフィー法では1日で10gの分離製造が可能とのことです(ちなみに市販品の価格は1mg当り数万円)。応用として熱電素子や生体イメージング用造影剤、近赤外吸収材料を用いたレーザーなどにも言及。残された課題はマクロスケールの配光制御で、そのためには単一構造の高純度半導体配向膜が必要とのことです。

◆ナノバイオテクノロジーが先導する診断・治療イノベーション:片岡一則氏(東大)
 日本人の死因の第1位はがん。現在の方法で治療が困難なものとしては転移がん、薬剤の到達効率が低いがん、薬剤耐性がん、がん幹細胞の4種類が挙げられます。講演では外側が親水性物質、内側が疎水性物質で構成される高分子ミセルによるがん治療研究が紹介されました。高分子ミセルは、外側が親水性ゆえ拒否反応がありません。がんの血管にできる穴は正常の血管の穴よりも大きいという性質がありますが、抗がん剤を内包した高分子ミセルの大きさは50nm、がんの血管の穴の大きさは100nm、高分子ミセルはその穴を通ってがん細胞だけに取り込まれ、そこで抗がん剤を出してがん細胞を死滅させます。

 高原委員長は開会挨拶で、IoTやサイバーフィジカルシステムが注目されるなか、ナノテクノロジーのシステム化は時宜を得たものだと述べていました。また、来年度からは電子情報通信学会のエレクトロニクスソサイエティの体制が少し変わって、これまでの専門委員会を引継ぐ形で、新たに領域委員会と技術横断的な横串委員会が作られるそうです。高原委員長は、その意味でも広く技術をカバーするシステムナノ技術に関する委員会の存在意義が重要になって行くと述べていました。

 研究会は一色秀夫副委員長(電気通信大学大学院情報理工学研究科 教授)の閉会挨拶で終了しましたが、別会場では今回の研究会を協賛した複数企業の製品・技術が昼食や休憩時に展示披露され、講演会終了後に開かれた交流会では、講演者を交えて参加者による活発な議論が交わされていました。

 とかく先端技術はその研究が進展すればするほど、どうしても縦割りに細分化してしまう傾向があります。その結果、研究の萌芽的段階においては、包括的研究コミュニティーが存在し、そこにいることで見えていた自身の研究領域に隣接する他分野の研究が次第に見えにくくなってしまいます。そうなれば研究は縦に進化はするものの、まったく新しい横の発想は得にくくなってしまいます。
 その意味で今回のような横断的テーマを同時に聴講できる研究会は、各研究者が普段では得られない新鮮な刺激を得ることができるでしょうし、かつ自身の研究のコペルニクス的転回を生み出すためのヒントに出会える場所でもあったと言えるでしょう。

 同委員会は、今後も異分野融合による新たな機能発現の探索、新規デバイスの概念創出に止まらず、それらのシステム化によって21世紀の核となるイノベーションの芽を育むことを目的に、研究情報の提供や意見交換、討論を行なう計画。委員会の詳細は以下を参照してください。

システムナノ技術に関する時限研究専門委員会(SNT)

編集顧問:川尻多加志

 

カテゴリー: レポート パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です