AI、IoTにフォトニクスは如何に貢献するのか

DSCN1048 新緑が目に眩しい5月22日(月)、東京大学・駒場リサーチキャンパスENEOSホールで、第3回フォトニクスイノベーション・ビジョンワークショップが開催されました(主催:東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構)。今回のテーマは「AI-IoT時代に向けたコンピューティング技術とフォトニクス」。いま一番ホットな話題となっている技術領域におけるエキスパートから、最新の研究トレンドとフォトニクスへの期待が語られました。
 
 ワークショップの趣旨説明に立ったのは、東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構長の荒川泰彦氏。AI、IoT、ビッグデータは、現代の三種の神器とも言われていますが、その進展を支えるのはハードウェア。特にLSIの進歩が果たす役割には非常に大きなものがあります。しかしながら、その技術進歩の指標となっていたMooreの法則は、いま飽和状態に陥りつつあると言われています。このような状況だからこそ、光インターコネクションとそのデバイスに対する期待はますます大きくなっています。荒川教授は、超低消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発プロジェクトを紹介するとともに、この4月にそこから生まれた、5mm角IOコアを製造・販売する新会社「アイオーコア」についても紹介しました。

 講演トップバッターの国立情報学研究所・所長の喜連川優氏は、ビッグデータが拓く新たな社会価値の創造について述べました。全国の主要大学等を100Gbpsで結ぶ100GNET(SINET5)が昨年構築されましたが、喜連川所長はクラウドコンピューティングが主流となっている状況でトラフィックが急伸する中、クラウドへの接続が如何にスムーズに行なえるかは、国家としての重要課題だと説きました。また、海外の裁判において人間ではなく、ソフトウェアが6年の懲役刑を下したという事例を紹介、これには時代はそこまで来ているのかという印象を持たざるを得ませんでした。喜連川所長は、もはやビヨンドAIを考えるべきと述べ、日本の国土モニタリングの先進性も紹介、米国DOEの次の狙いにも注視すべきとして、クラウド内における通信の高速化は必須である故、通信にはいくらでも頑張ってほしいと、期待を述べていました。

 東京大学大学院工学系研究科・教授の松尾豊氏は、コンピューティング技術の進化とAIについて、特にディープラーニングを取り巻く状況について述べました。AIブームは1956年からの第1次ブーム、1980年代の第2次ブーム、そして2013年から今日までの第3次ブームと、3回のブームがあったそうで、現在では何ができて何ができないか、すでに固まっている状況とのこと。画像認識の世界においては、コンピューターは人間のエラー率5.1%を2015年2月には越えてしまい、最新の値では3.1%までに到達しているそうです。松尾教授は、カンブリア紀に生物が眼を獲得したことで進化が爆発的に進んだカンブリア爆発を例に、機械・ロボットにおいても眼を持ったことで同じ事象が起きていると指摘、視覚野としてのディープラーニングと網膜としてのイメージセンサーの組み合わせで、産業の自動化が実現できると述べていました。

 東京大学・情報基盤センター長の中村宏氏は、2016年度に同センターが導入したスーパーコンピューターOakforest-PACSとデータ解析・シミュレーションの融合を目指すスーパーコンピューターReedbushを紹介しました。Oakforest-PACSは理論性能25PFLOPS、Linpack性能13.5PFLOPSで、世界のコンピューターランキングTOP500で6位、国内では最高速の性能を誇っています。メニーコア型プロセッサーを搭載していて、汎用性を重視して柔軟な運用ができるそうです。HPIC(ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)の中核をなすもので、全国の主要9大学が使用する最先端共同HPC基盤施設となっているとのこと。ビッグデータの解析や人工知能といった新しい分野の要求を満たすことを目指しており、中村センター長は講演の中でバンド幅が重要と述べていました。

 東京大学生産技術研究所・教授の平本俊郎氏は、Mooreの法則以降のLSIのトレンドとIoTについて述べました。Mooreの法則やスケーリング則をベースとしたLSIデバイスの指数関数的な進歩は曲がり角を迎えており、半導体技術ロードマップ(ITRS)も一定の役割を終えたと言われています。Ai-IoT時代のLSIに要求される機能は、従来の単なる高速性ではなく、各種センシング技術、脳を模した情報処理、数桁の電力低減などであり、その多くは従来技術の延長では達成は不可能といいます。平本教授は、今年の3月、10nmにおいて三つの新技術を開発、5nmは見えたとしてMooreの法則は続くと主張するインテルの考え方を分析するとともに、日本メーカーにはインテルとは違ったビジネスモデルが必要と指摘。28nm、200mmウェハを用いた安価なデバイスが一つの解ではないかと指摘しました。さらに、LSIの進展にはこれまで通り、新しい技術の継続的導入が必要と述べ、電源電圧の低消費電力化が重要であり、特にスタンバイパワーの低減に関しては不揮発性メモリーが有力だと指摘しました。

 光電子融合基盤技術研究所(PETRA)・主幹研究員の森戸健氏は、コンピューター性能の向上に向けたフォトニクス技術について、ネットワーク技術、特に光インターコネクト技術によるデータ伝送の高速・大容量化は不可欠とした上で、同研究所におけるシリコンフォトニクスと高密度実装を基盤としたプロセッサー間光インターコネクト技術の開発の現状と動向を報告しました。森戸主幹研究員は、開発によって光トランシーバーに対する低電力化・小型化に対する要望に応えたいと述べるとともに、今後はCバンドを使ったWDM技術によって大容量化を実現したいとして、低レイテンシーで波長ルーティング機能を併せ持ったデバイスの実現を目指すとしました。光電子集積インターポーザーを第3期の基盤技術として開発する計画とのことです。

 講演終了後、東京大学生産技術研究所・准教授の岩本敏氏の司会のもと、講演者全員によるパネルディスカッションが行なわれました。時には耳が痛い意見も出ていましたが、それはそれで真摯な議論が交わされたという証しとも言えるでしょう。個人的にですが、印象に残ったいくつかの発言を取材メモから紹介します。

・ミシュランで星を獲得している店が日本には多い。調理ロボットとメニュー配信ビジネスによって、日本は食のプラットフォームを獲得できる。
・日本企業は受託生産が出来なかったし、設計するものが日本からなくなってしまった。そういう状況で日本企業は模索している。
・日本企業から寄せられる質問は質が低い。それに比べ海外企業は戦略的であり、お金もかけている。アプリケーションも見ていて、レベルの高い戦いをしている。
・設計者から攻めるべきで、設計者が認めればデバイスも動く。
・産業の全体像を掴んでおくべきで、どこかにチャンスはあるはず。どこかのレイアーを獲ればひっくり返すことができる。
・協業する時に一番苦労するのは日本企業、グローバルな方が楽だ。
・問題意識を共有する場がない。
・あらゆる場で光は沸騰している。

 PETRA・専務理事の田原修一氏による閉会挨拶の後、会場を移して行なわれた懇談会でも、講師の方々を交えた活発な議論が交わされていました。

 ニーズ側の状況を把握していないシーズ研究は、ともすれば独り善がりになってしまうと良く言われます。その意味からも、ニーズとシーズ双方が議論できる今回のようなシンポジウムは大切で、今後も継続的に開催してほしいと思いました。さらに、議論をシンポジウムという場だけで終わらせるのではなく、例えば定期的な個別な場で、より具体的に議論を擦り合わせ、今後の研究に役立ててもらいたいなどと思う次第です。

編集顧問:川尻多加志

 

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